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分類 | 町指定重要有形民俗文化財 |
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員数 | 1挺 |
指定年月日 | 昭和49年2月11日 |
所在地 | 大字金上字西村 |
所有者 | 個人 |
現在会津盆地中央を流れる大川(阿賀川)は、天文の頃まで鶴沼川といって高田町の北部を過ぎて北上し、古坂下の東側を流れていました。当時川幅は500~600メートルもあり、水量は相当豊富であったので舟で往来していたといわれ、羽林村の北側と西金上村に船着場があったとのことです。
天文5年(1536年)いわゆる白髪(しらひげ)の大水が出て、鶴沼川は本郷町の東からまっすぐ北上して現在の大川の流れになり、坂下の渡場は水が少なくなったため船頭は職を失い、故郷に帰りました。この櫂は、そのときお世話になったお礼として、船頭から二瓶家に贈られたものです。二瓶家では、その後度々起きた火災から免れたため、火よけの宝物として大切に保存してきたといわれます。